熟年離婚の原因5つ

長い年月を連れ添い、定年退職後にようやく夫婦水入らずで第二の人生を…という時にいきなり別々の道を生きる決意を突き付けられる。そんな熟年離婚の選択を選ぶ夫婦は、今では珍しくありません。
そこに至ってしまうまでの理由は勿論人それぞれですが、今回はそのうちのいくつかについて考えてみたいと思います。

妻の方が収入が高い

高いキャリアを持つ女性を歓迎する男性も今でこそ増えてはきましたが、自分よりも収入の高い女性に対してコンプレックスをいだく男性はまだまだ少なくありません。団塊の世代になると、その傾向は若年層よりも強いものでしょう。夫の本音としては、妻には家庭に入って三歩下がっていてほしい。それでも、家事や育児と両立しながら仕事を頑張っている妻に対して否定的な意見は言いにくいものです。そんな長年の思いが積もり積もって、夫の方から妻に対して別れを切り出すことがあります。第二の人生を自分の希望に沿った性格の女性と歩むという男性もいます。収入が高い方が家庭のためになり、家事もないがしろにしていない、それなのに何故?…と、女性としてはやりきれない気持ちになるかもしれませんね。

介護を一緒に乗り越えていない

自分や配偶者を育ててくれた両親が年齢とともに老いていき、介護が必要な姿を目の当りにするのは精神的に辛いものです。だからこそ、介護というのは自分一人でどうにかするものではなく、家族や(可能であれば)外部の手を借りることが必要になってくるのです。それを妻一人で背負い込んで乗り越えてしまった結果、夫への不信が募り、離婚を選択してしまうのがこのケースです。介護というのはとても大変なことである反面、家族で協力して乗り越えることで絆を深め、繋がりを強くする大きな機会でもあるのです。しかし、中には夫側の両親の介護には多少協力的な態度をみせるものの、妻側の両親となると夫があまり関心を見せない…むしろ、妻の方も自分の両親の介護は自分で何とかしなければと気負ってしまうというのもよくある光景です。本来であれば、妻側でも夫側でも両親に優劣があるはずはありませんし、一緒に乗り越えるべきものです。それに蓋をして見ぬふりをしてしまえば、不信が募るのも仕方がないと言えるでしょう。

役割が一方に片寄っている

先述した介護のトピックにも繋がりますが、介護や子どもの受験、学校のことなど、あまりにも一方にその役割が片寄っているのは、家庭にヒビが入りやすい一因です。お互いの役割について納得するまで話し合った結果であればまだしも、多くは話し合いをもたないままに何となく一方に負担が偏り、それが当たり前になってしまっています。共働きの夫婦が増えてきた中、仕事は夫がするもので、家事や子どものことは全て妻が背負うものというやり方だけではカバーしきれなくなってきています。単純にどちらかの負担を増やすのではなく、お互いに歩み寄りながら支え合う姿勢が鍵になってくるでしょう。

子どもを一緒にしかる

両親のどちらかが子どもを叱ったら、どちらかが後で子どものケアをするというバランスはとても大切です。一緒になって叱りつける行為が頻繁に見られるのは、実は夫婦関係がうまくいってないシグナルです。
職場や学校などで誰かの悪口を言い合って群れている人たちの光景は、誰しも目にしたことがありますよね。それと同じ心理なのです。共通の敵をつくることで偽りの結束感を感じて、安心を得ようとしているのです。「子どもが共通の敵だなんて」、と信じられないかもしれません。でも、精神的に未成熟な親ほど子どもを子どもとして扱う余裕がないのです。パートナーとの(偽りの)絆を得るために子どもを一緒になって叱っているのがこのケースです。しかし、悪口だけで繋がっている友情が長くは続かないのと同じで、そうやって維持している夫婦関係もまたもろいものです。夫婦関係のヒビが顕在化してきても時すでに遅し、結託して叱られて育った子どもは両親への不信感から家庭に関心を示さず、家族中は冷え切るばかり…ということも考えられます。子どもが成長して大人になった時に親にどう接するかは、親のこれまでの教育を映す鏡です。それを肝に命じて、本当に子どものためになる叱り方、誉め方を夫婦で考えていくことが大切です。

何でも一人で何とかしてしまう

これまでのトピックで述べてきたように、大切なのはいかに助け合い、支え合って夫婦で一緒に困難を乗り越えるかということです。そういった幾つもの経験が絆を育て、お互いへの信頼に繋がります。責任感が強く完璧主義な女性に多いのが、「自分が何とかしなければ」という意識や「夫に任せるよりも自分でやったほうがうまくいく」という考え方です。そういった考えのもとで一人で頑張りすぎてしまうことは、時に周りの気持ちを見え辛くしてしまいます。夫や子どもの不満やあるいは寂しさなどに気付く余裕が無くなってしまいます。「だって私は頑張っているんだから」「正しいことをしているんだから」という意識を持った人は態度が高圧的にもなりがちです。頑張ることが悪だというわけでは勿論ありません。ただ、時には周りに頼ったり任せたりすることは、思いやりでもあるのです。それは相手の意見を聞き、相手の気持ちを考えるという思いやりです。「私は正しいことをしている」という正義を振りかざすのは、相手にとっては暴力的にも映るということです。自分にとっても周りにとってもしんどい頑張り方にならないよう、時々自分を見つめ直すのは大切なことです。

まとめ

ここまで述べてきたどの離婚理由にも共通する原因は、夫婦間での話し合いができていないということです。ありきたりに聞こえるかもしれませんが、やはり全てはそれに尽きます。小さなすれ違いの積み重ねが、別れを引き起こしてしまうのです。「自分が我慢すればいい」、「話し合うのも億劫」と見ぬふりを続け過ぎると、心の不満は膨らむ一方です。
生涯を誓った相手と添い遂げるには、シンプルですが相手の気持ちに寄り添って話をすることが不可欠と言えるでしょう。

コラム

Posted by はなこ


PAGE TOP